ダンテ・アリギエーリ「神曲」に登場する世界1:地獄篇
2016/04/14
ルネッサンス黎明期の政治家で詩人であったダンテ・アリギエーリは、世界で最も有名な小説、古典文学の最高峰との評価をうけることになる「神曲」を、その晩年である14世紀初頭に完成させた。
この三行韻詩で書かれた長大な叙事詩は、よく知られているように大きく分けて「地獄篇」「煉獄篇」「天国篇」の3つの篇で構成されており、この中にキリスト教的世界がいくつか設定されていて、これをダンテ自身が、案内役となる古代の詩人ウェルギリウス及びヴェアトリーチェと共にが遍路していくという構成になっている。
この項では、この「神曲」の中に描かれたこれらの世界をギュスターヴ・ドレの挿絵を中心にして紹介する。またダンテの描いた世界を理解するためにこの叙事詩が書かれたダンテが当時おかれていた政治的背景を知ることが役立つ。
ダンテは13世紀末から14世紀初頭のフィレンツェにおいていわゆる「白党」の政治家として精力的に活動した。当時のイタリアでは教皇派と皇帝派に分かれて権力争いを繰り広げていたが、有力都市国家であるフィレンツェでは教皇派が優勢だった。この教皇派の中で、フィレンツェは自立的な立場を貫くべき、と考えたのが「白党」で、特に富裕市民層に支持があった。1300年にダンテは、三人の統領のうちの一人に選ばれフィレンツェ政府の中心的立場となるも、翌年に封建貴族と教皇に従属すべきという「黒党」が政変を起こし、ダンテはこの政変でフィレンツェから追放されてしまった。
それはダンテの最晩年の流浪と失望の旅の始まりだったのだが、これが「神曲」を書く大きなモチーフとなった。なおダンテは生涯に渡って自身の愛したフィレンツェに戻ることはできなかった。
「神曲」の中にはダンテが今までに敬愛した人々、特に幼馴染で少年期に憧れを抱き神聖視までするに至った淑女ヴェアトリーチェ、自身が影響を受けたウェルギリウス、キケロ、カヴァルカンティ、ボエティウスなどの影響が多数現れることになる。そして地獄篇においては政敵や非難すべき対象となった人々が多数、地獄で苦しむ姿が描かれている。
概要
地獄篇
地獄の門に至るまで
ダンテは1300年のヴェネルディ・サント(復活祭の前の金曜)の日に暗い森の中へ迷い込んでしまった。
ダンテは森の中で尊敬するラテン文学の大家である詩人ウェルギリウスと会う。ウェルギリウスは紀元前半ばの人なのでキリスト教の洗礼を受けておらず地獄にも入れていなかった。ウェルギリウスはこの世界を案内してくれるという。
実はウェルギリウスは淑女ヴェアトリーチェによってダンテを天国へ案内するように依頼されていたのだった。
地獄の門をくぐる二人。「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」
アケローン川で、罪人を船に乗せるカローン。その前には地獄にも行けない人々が虻や蜂に刺されている。この中には教皇を途中退位したケレスティヌス5世や、イエスが磔刑に遭った際のユダヤ総督であるピラトなどが含まれている。
第一圏 辺獄
地獄の最上部である辺獄(リンボ)では洗礼を受けなかった者が希望無く永遠に過ごす。
この中にはキリスト以前の、ソクラテス、プラトン、カエサルと言った者たちも多数含まれていた。
ミーノス
地獄入口にてミーノスが行くべき先を罪人たちに割り当てる。
第二圏 愛欲者の地獄
肉欲の罪を冒した者たちが、暴風に吹き流される。
第三圏 貪食者の地獄
大食の罪を犯した者が、ケルベロスに噛み千切られる。
冥府の神プルート
地獄の下層の神冥神プルートがいる。「パペ・サタン・パペ・サタン・アレッペ」と叫んでいる。
第四圏 貪欲者の地獄
吝嗇家と浪費家が、重い石の袋を互いに逆方向に円状に転がしつつ、出会うと互いに罵り合う。
第五圏 憤怒者の地獄
怒りに我を忘れた者が、ステュクスの沼という血色の沼で互いに罵り合う。ウェルギリウスが冥府で罰を受けているとした暴虐な神話上の人物とされるプレギュアースが船頭の船で、この池を渡る。
ディーテの市
これより先は堕天使や重罪人が入れられる真の地獄とされる。永劫の炎に包まれた城塞で、この先の地獄はこの城の中にある。復讐の三女神エリーニュスが二人の前に羽ばたく。
第六圏 異端者の地獄
異教異端の教主と門徒たちが、宗派ごとに火焔の墓孔に葬られている。
そのうちの一つに正教を棄てて隠遁した教皇アナスタシウス二世が焼かれていた。
第七圏 暴力者の地獄
第七圏に入るまで
第七圏に入る前に二人は、崖の下でミノタウロスを見る。怒っている隙にミノタウロスの下を駆け下りる。
次にケンタウロスたち会い、ウェルギリウスがその中の長ケイロンと話して、ネッソスの案内を受けることとなる。
第七圏は暴力の内容によって場所が振り分けられている。
第一の環 隣人に対する暴力
他人に対して破壊や略奪を行った者が、煮えたぎる血の河フレジェトンタに漬けられる。この中にはアレクサンドロス大王やアッティラ、ディオニシオスらがいる。
第二の環 自己に対する暴力
自ら命を絶った者が奇怪な樹木に変化してハルピュイアに啄ばまれている。
第三の環 神と自然と技術に対する暴力
神や自然の法に背いた者。男色者や高利貸しの者たちに火の雨が降り注ぐ。
第八圏 悪意者の地獄
絶壁
第八圏の前には赤く染まる川が流れおちる絶壁が落ち込む。そこにはゲーリュオーンが巣食う。この先は悪意の種類によって10の「悪の嚢」に振り分けられている。
第一の嚢 女衒
婦女を誘拐して売った者たちや女たらしが、鬼から鞭打たれる。
第二の嚢 阿諛者
こびへつらい、おもねる者たちが人間の糞尿の中につけられ自らの体を引っ掻く。
第三の嚢 沽聖者
聖職や神聖な物を売買した者たちが頭を炎の穴に入れられる。この中に教皇ニコラス三世がいる。
第四の嚢 魔術師
卜占や呪術によって未来を占った者たちが頭を背中側に向けられて涙を流して後ろ向きに行進する。
第五の嚢 汚職者
汚職や収賄をした者たちが煮えたぎる瀝青につけられて12人の悪鬼に鉤銛で突かれる。
第六の嚢 偽善者
偽善をなした者たちが重い鉛の外套を着せられてのろのろ歩く。
第七の嚢 盗賊
盗みを働いた者たちが蛇にかまれて燃え上がり、また元の姿に戻る。
第八の嚢 謀略者
謀略によって欺いた者たちが炎によって焼かれる。その中にオデュセウスとディオメデスも焼かれていた。
第九の嚢 離間者
不和や分裂の種を捲いた者たちが悪魔たちに切り裂かれている。その中にマホメットやベルトラン・デ・ボルンがいる。ベルトランは自らの首を持って歩く。
第十の嚢 詐欺師
錬金術や貨幣偽造などで様々な虚偽を行った者たちが病によって苦しむ。
巨人
かつて神に向かって歯向かったバビロニア王ニムロデら巨人たちが穴に繋がれている。
第九圏 裏切者の地獄
コキュートス
「嘆きの河」という名の氷の河に最も重い罪である裏切り者たちが氷漬けにされている。この河に巨人に降ろしてもらう二人。
第一の円 カイーナ
一番外側の円には肉親を裏切った者が氷漬けにされている。カインから取られている。
第二の円 アンテノーラ
祖国を裏切った者が氷漬けにされている。トロイア戦争のアンテノルに由来する。ここで皇帝派にあって息子たちを獄死させたウゴリーノ伯が、同じく皇帝派のウヴァルディーニ大司教にのしかかっている。
第三の円 トロメーア
客人に対する裏切りの罪を持つ人たちが氷漬けにされている。旧約聖書のトロメオに由来する。
第四の円 ジュデッカ
主人に対する裏切り者が漬けられている。イスカリオテのユダに由来する。この地獄の最深部に嘗ての大天使で裏切りの堕天使となったルチフェロが漬けられている。ルチフェロの口には、ユダとブルートゥスとカッシウスが咥えられている。
二人は魔王の毛を伝って下に降り地獄を抜ける。
煉獄編へ続く